2015年10月16日(金)、けいはんな記念公園の指定管理者である植彌加藤造園株式会社と米国オレゴン州のポートランド日本庭園は、国際的な日本庭園文化の発展に資するため、相互交流に関する協定の調印を結びました。調印式には、ポートランド日本庭園CEO・スティーブン・D・ブルーム氏にご出席いただき、調印後、弊社社長・加藤友規とけいはんな記念公園所長・山口隆史を交え、お互いの取り組みについての情報交換から、今後の交流の可能性、さらに日本庭園のビジョンについて語り合いました。
加藤 このたびは遠路ありがとうございます。こうして協定の調印を結び、共に高めあえる仲間になれたことを嬉しく思います。
ブルーム 2013年1月に初めて会って以来、お互いに交流を深めてきました。スタッフの相互交流も重ねるなか、プロフェッショナルとしての相性のよさを感じてきました。今回の協定は必然的なステップだと思います。とはいえ、やはり京都は日本庭園の聖地。その京都でこのようなご縁ができることを光栄に思います。我々のポートランド日本庭園*1は歴史も技術も赤子同然です。京都や日本の先達に学んでいきたいと思います。
加藤 たしかに技術はそうかもしれませんが、日本庭園をよりよく利活用していくマネジメントの面ではむしろ先輩だと尊敬しています。2014年来日時の弊社での意見交換会で話されたポートランド日本庭園成功の要因*2のお話は、私たちも大いに勉強になりました。なかでも、市営からNPO化し、市民ファンドで運営するシステムを成功させていることに感動しました。約8000人の市民が支援者となって、日本円にして約8000円の年会費というかたちでポートランド日本庭園を支えている事実は、地域の人の「いい日本庭園であってほしい」という気持ちの強さのあかしだと思います。
ブルーム 2005年に着任したとき、私がまずしたことは、地域の人に関心をもってもらえるプログラムをつくることでした。そのための役職をつくり、企画担当者を置くことから始めました。市民が参加し、日本庭園を経験できるプログラムを、それまでは実施していなかったのです。その重要なロールに抜擢されたダイアンは、京都に18年間住んでいた経験と日本文化・芸術への造詣の深さを生かして、多様なプログラムを実現していってくれました。
加藤 たとえばどのようなプログラムですか?
ブルーム 花見から月見から、こどもの日、それにアートの展覧会やワークショップ、もちろん着物やお茶、お花。ありとあらゆる年中行事や、日本の豊かな文化・芸術が多様なプログラムになります。ただし、来園者がそれをただ見るだけでなく、そこに参加し、経験ができるものであることが大切です。これまでのシンフォニー(交響楽団)運営の経験からも、こうした非営利組織の営みには、地域の人や関係者との「エンゲージメント」がもっとも重要だと考えているからです。それには、まず知ってもらい、次に関心をもってもらい、そして楽しい経験を経て、好きになってもらうことが必要です。
加藤 来園者や参加者に楽しんでもらうために、どのようなことを心がけているのですか?
ブルーム 「クオリティ(上質さ)」と「日本らしさ」です。「だれもが楽しめる」ことをめざすと、結局だれも深くは満足できないものになってしまいます。対象の年齢や嗜好に合わせたプログラムが必要ですし、実際、当園でもターゲットにあわせた企画が多いです。
加藤 それが多くのファンの支援につながっているのでしょうね。すばらしいです。ポートランド日本庭園の現在の年間来園者数は35万人で、ブルームさんの着任後、3倍に増えたと聞いています。
ブルーム ときには多すぎて困るくらいです。でもやはり、もっと多くの人に、もっと日本庭園を楽しんで、好きになってもらいたい。当園では現在、2017年春に拡張プロジェクトを完成させるべく、半年間、一時閉園していますが、2016年3月の再オープニングに向けて、プロジェクトを進行中です。2017年春には、日本の世界的建築家・隈研吾さんの設計によるインターナショナル・インスティテュートをはじめ、大小さまざまな7つの庭園などが新たに誕生します。
加藤 大拡張ですね! みどころはどのようなところですか?
ブルーム 今回のプランの特徴として、地元の木や石といった材と日本の伝統技術・工法を融合させていることがあります。穴太(あのう)衆の職人による穴太積の石垣や、新建材を使った草屋根など、米国初の試みも多く、各方面から注目されています。
加藤 それは楽しみです。1963年に設計されたポートランド日本庭園は現在約50歳の庭園ですが、私はあの庭には、実際の年齢以上の歳月の深みを感じるのです。京都の100年、150年を経た古い庭園にも通じるものがあると言いましょうか。それだけに、さらに50年後、100年後が楽しみでなりません。
ブルーム 庭はただ存在するだけでは、本当の意味で「庭」になることはできません。そこには、ただ植物と水と石があるだけです。人がそこに来て庭を経験することによって初めて、庭はその人にとって特別なもの、かけがえのない存在になるのです。そこで何かをする。自分とのつながりをつくるということですね。私たちは庭を通して、経験を共有するひとつのファミリー(仲間、一族、身内)をつくろうとしているのです。加藤さんも「けいはんな記念公園」を筆頭に、同じようなことに取り組もうとしていますね。それはすばらしいことだと思います。
加藤 私たち植彌加藤造園株式会社がけいはんな記念公園の指定管理者になって、今年で10年になります。この間、所長の山口を中心に、「地域に愛される日本庭園」をめざして、現在のようなサポーターや行事のあり方を、10年かけて育ててきました。
山口 平成18年にこの公園の管理を始めたとき、私たちは2つの方針を決めました。ひとつは、普通の庶民、つまり市民だれもが、自由に自分なりのスタイルで日本庭園を楽しんでもらっていい、というスタンスを明確に打ち出すことです。赤ちゃん連れでも、ベビーカーでも車いすでも、どんどん来ていただきたい。小さいお子さんが元気に遊ぶのもいいし、お弁当を広げてもいい。自由な過ごしかたで、日本庭園の魅力を感じてもらいたいと考えました。もうひとつが、それをどんどん言っていくこと、広報することです。これをもっとも大事にし、実践してきました。
ブルーム それは大切なことです。公園のパブリックマネジメントで重要なのが、庭のビジョンをもつことはもちろん、多様な人がそこにどう関わることができるのか、フィーリングを伝えていくことですから。そこに自分の「居場所がある」という感覚をもってもらうことが大事ですね。
山口 歴史的にみて、日本庭園は富裕層がプライベートに楽しんできた時代が長かったのです。戦後、ようやくパブリックな日本庭園が増え、庶民が楽しめる環境ができてきました。ですが、それまで知らなかった世界ですので、どう楽しんでいいかが難しい。また、剪定技術はあっても、市民社会と庭をつなぐモデルが日本社会にはありません。運営側からしても、パブリックな庭をどう育てていくかは課題でした。ブルームさんと出会い、ポートランド日本庭園に学んだことは大きいです。また新たな道が開けたというか、素晴らしい刺激をいただきました。
ブルーム けいはんな記念公園は、日本における日本庭園運営の良いモデルになれるだろうと期待しています。
山口 昨年は一年間に190回のプログラムを実施しました。まだまだ課題はありますが、おかげさまで、当初3万人ほどだった水景園(有料ゾーン)利用者が、今では8万人の水準になっています。けいはんな記念公園全体では、この9年で約20万人から60万人にのびています。
加藤 ボランティアのしくみも、ぜひ勉強させていただきことのひとつです。ポートランド日本庭園には、ボランティア・コーディネーターさんがいて、ボランティアシステムが日本庭園のマネジメントのなかですばらしく機能しているのですね。けいはんな記念公園でもボランティアさんと協働していますが、あのシステムには及びません。
山口 当園もボランティアさんの厚い層に支えてもらっている面は大きいのです。現在、登録80名、コアメンバー20〜30名ほどでしょうか。森の手入れもしてくださっていて、その人たちがいないと維持できないくらい大きな貢献です。ですが、ボランティア・コーディネートのシステム化や有効な運営はなかなか難しいというのが実感です。
ブルーム アメリカでは、キリスト教の奉仕の精神がベースにあるため、社会的に成功した人は、得たもの、儲けたものを社会に還元する文化があります。リターンできてこそ一人前という価値観が社会基盤になっているのです。日本人ももともと深い思いやりをもっているので、公に資する精神性もなくはないでしょう。ただ、現代の日本の価値観は、経済性、効率性、我利に偏りすぎているようにも思えます。ノーブレス・オブリージュ(高い身分に伴う義務)*3は、自分も周囲も、その社会が共通してもつ価値観にならなければ根づきません。
山口 日本では、京都をはじめ、むしろ市井の庶民に「おかげさま」と「おたがいさま」で支え合う地域の関係性が生きていることが多いかもしれません。私の祖母も地域の清掃やお手伝いを黙々とする人でした。そういった奥ゆかしさゆえか、当園でも早朝に黙ってゴミを全部ひろっていかれる「名乗らぬボランティア」がおられたりもします。
加藤 宗教や文化の違いがあるとはいえ、利他の精神は、日本の価値観にも文化にも、本来、深く根づいていたものだと思います。庭園のファンになってくれている人が「応援したい。支援したい」と思う体制づくりをしていくことが大切ですね。
ブルーム そうですね。人は贈り物を受け取ると、また次に贈ろうとするものです。21世紀の贈与と互酬性の文化を育てるには、まず自分から一歩を踏み出し、よき手本を示すことが必要なのでしょう。
加藤 ブルームさんが感じる日本庭園の魅力と可能性について聞かせてください。
ブルーム 日本庭園の構成要素は、どこも大きくは変わりません。木と石と土と水からできている。にもかかわらず、一つひとつがユニークです。その庭園ならではの特徴、他の日本庭園にはない点を探しながら見る。くらべて批判する否定的な見方ではなく、それぞれの魅力を発見しようという見方をすることで、より豊かに日本庭園を楽しむことができます。
山口 日本庭園は、その土地の風土に即し、原風景を取り入れることをめざしますから。そこに生まれる「らしさ」がありますね。
加藤 ポートランド日本庭園に初めて行ったときは驚きました。樹高70〜80メートルもある巨大な樹木が周囲を囲っているのですから。話には聞き、写真も拝見していましたが、やはりその場に身を置くと圧倒されました。
ブルーム ポートランドは地形がダイナミックで起伏があり、木の種類も日本とちがいます。そうした雄大な風景のなかに、日本的な風景もある。特殊な地形を生かしたところが、ポートランド日本庭園らしさ、ユニークな魅力になっていると思います。
山口 日本庭園のベースにあるのは、人と自然のハーモニーをどうデザインするかという思想です。それは海外でも変わらないのですね。
ブルーム 加えて、日本庭園はすばらしい教育の場だと思います。私もはじめはただ美しさに感動するばかりでした。ですが、知るほどに庭の教育力の高さに気づいていきました。庭はあらゆることにつながっています。庭師をはじめ職人の技術はもちろん、日本文化、建築から、美術・工芸、食まで、すべて。また、自然、環境問題、科学にも関連します。地域やボランティア精神、ノーブレス・オブリージュ、人どうしの関係性やコミュニティーオーガナイジングなどなど、いろんなことを、庭を通して学ぶことができます。
加藤 それらすべてがポートランド日本庭園の企画やプログラムにも、運営のメソッドにもなっていったわけですね。
ブルーム そこまで多様な教育の場になるものが他にあるでしょうか。私は思いつきません。
山口 おっしゃるとおりですね。庭は多様なメッセージを受け止め、発信することができます。当園のプログラム展開も心は同じです。
ブルーム じつはポートランドは、さほど多様性のある都市ではありません。ダイバーシティ(多様性)教育は重要です。体験を通して異文化に触れ、学ぶことのできる日本庭園は、ダイバーシティ教育の基盤としても貴重です。
加藤 そうしたときに、やはり「よきハード」の力は偉大ですね。まず50年前にポートランド日本庭園を設計された戸野琢磨先生のデザインがすばらしかった。その後、現在まで続くディレクターシステムがそれを維持し、高めてこられた。こうした得難いハードが有形・無形の資産となって、多様な活用、展開を可能にしているのでしょうね。
山口 良質なプログラムやイベントは、よきハードあってこそ。私たちは、庭園の管理運営には、4つの柱があると考えています。
①よきハード → ②よきソフト → ③よき広報 → ④よき関係
当園も、最初によきハードがあったからこそ、そこによきソフトを重ねることで、成長してこられたのだろうと思います。今後も、どういう地域の学びの場になっていけるか、より愛される庭園になるために、地域の人が求めていることを探していくことが課題です。
ブルーム ポートランドとけいはんなが、日本とアメリカをそれぞれ代表する2つのモデルとなり、世界が私たちをどう見るか、どう見られているかを考えていくのは今後のやりがいあるチャレンジだと思います。
加藤 今回の調印は、広く京都の、また日本の日本庭園につなげていけることだと思っていますし、ポートランド日本庭園の功績が世界の成功例として、よりよく伝わっていくことを願っています。
ブルーム 今後、チャレンジしたいことが2つあります。ひとつは、美意識を育むことです。私たちはネイティブの日本人職人が生まれ持っている美意識や日本的感覚をもつことはできません。技術は学んで身につけられても、生来の日本的美意識はもてない。それを前提として、では、そうした美意識を私たち外国人がどうやって学んでいくか。つまり、心をどう育んでいくかということです。春に完成する新施設「インターナショナル・インスティテュート」は、技術だけでなく、日本の文化や美意識も学べる、日本の心(精神性)を伝えられるものにしたいと考えています。
加藤 それは楽しみです。ふたつめはなんですか?
ブルーム 技術教育のプログラム化です。現在、私たち外国人が日本庭園の技術を学ぼうと思ったら、日本語を学び、日本に来て、10年あるいはそれ以上の時間とお金が必要です。それはハードルが高い。日本の庭師が10年かけて学ぶことを、2年で学ぶプログラムにできれば、ポートランドだけでなく、北米300の日本庭園すべてに広めていくことが可能です。そうすれば、よりよい日本庭園を育んでいけるのではと思うのです。日本の庭師の技術を、いかに教育プログラム化できるか。目標は、「英語で、2年以内で、アメリカ国内で」です。
加藤 それが実現したらすばらしいことです。私たちでできることがあれば、お手伝いさせてください。
ブルーム ありがとうございます。私たちが皆さんから学んで、それをアメリカや世界の日本庭園従事者にも届けていきたい。新しく完成する「インターナショナル・インスティテュート」では、そうした技術発信もしていきたいと考えています。
加藤 逆にネイティブでないからこそわかることもあると思います。異文化の目で発見されることが我々には貴重な学びになります。
ブルーム 海外の日本庭園は、日本を母体として生まれた子どものようなもの。子どもは親とは違う視点からものを見ています。無垢な子どもだからこその気づきを、新しい見方として返していけるのではないでしょうか。
加藤 ええ、そのとおりだと思います。
山口 さまざまな面で皆さんに学びたいことも多々あります。今後もいい交流を重ねて、お互いの知見を深めていければ幸いです。
加藤 お互いの持ち味を生かして、学びあえる関係を育んでいきましょう。本日はありがとうございました。
スティーブン・D・ブルーム氏
ポートランド日本庭園CED
プロフィール
多様かつ複雑な非営利組織の経営・管理を専門、得意とする。1996~2000年、27歳にしてタコマ・シンフォニーの事務局長を務め経営管理者としての手腕を発揮。2000~05年、ホノルル・シンフォニー会長。同職在任中に2003年スタンフォード大学のソーシャル・イノベーション・フェローシップを受け、同大大学院ビジネス・エグゼクティブ・プログラムにて非営利組織経営を研究。2005年より現職。
米日カウンシル(ワシントンDC)フレンド会員、ワシントン州アーツ・アライアンス会長、ワシントン・パーク・アライアンス理事長、北米日本庭園協会 発起人・初代理事長等を歴任。2013年、観光事業に関するオレゴン州知事会議にて、2013オレゴン・ヘリテージ・ツアリズム賞受賞。
2015年10月16日 けいはんな記念公園にて採録
photo:西川善康 text:福田容子