智水庵

別荘庭園での作庭は、オーナーの趣向の深化に応じて、各々の空間も調和しながら深化していくべきもの。そのプロセスにおいては、デザインと施工は切り離しがたいものです。

智水庵庭園の改修工事は、まさにこの深化の変遷をたどるかたちで大きく2つのフェーズを通過してきました。1つ目は過去を知るフェーズ、2つ目は新たな数寄を実現するフェーズです。

改修工事は2019年からスタート。既存の樹木や水景、国指定特別名勝金地院庭園や南禅寺大寧軒との区割りなどについて歴史的観点から調査研究を行い、植栽計画や池の護岸など傷んでいた水回りの改修を提案しました。

智水庵庭園は、明治20年代後半から政財界の要人により築かれたいわゆる「南禅寺界隈別荘群」に位置しています。以来150年近くにわたり日本の数寄者文化の中心地となってきました。

明治40年発行 日本家屋写真叢書

調査により、将来のオーナーの趣向を受け止められるよう、改修工事の対象エリアを明確にすることができました。そして、既存構成を尊重しながら母屋前の芝生広場や池の州浜、桜や松といった植栽を段階的に現代の利用に即した形で取り入れていきました。これは、智水庵庭園がもつユニークネスを発見していくプロセスだったといえます。

空間の整理がついたところで、2021年から新たな数寄を実現するフェーズに入りました。とくにその後押しとなったのは、オーナーとともに京都市内各所の名園を巡ったことです。日々オーナーが思い描く理想像を、先人たちが築き上げたカタチを通して掌握する絶好の機会となりました。施主対施工業者という便宜的な枠を飛び越えて、関係者間のコミュニケーションが一挙に深まった瞬間だったと言えます。以後、私たちの提案内容も少しずつ変化を見せはじめます。具体的には、1/1モックアップや実写コラージュ画像で改修提案をし、納得感をお感じいただきながら設計・施工をすすめました。

新たな数寄を実現するために重要なことは、庭をどう使いたいか、を具体的に把握することです。別荘の庭は眺めるだけではなく、茶会の導線になったり、宴遊会のテーマになったり、石造品の配し方が会話のきっかけになったりもします。
このタイミングで、それまであえて未着手にしていた場所に、使い方に応じて手を入れました。例えば金地院庭園との敷地境界付近にあたる空間を活かすために新たな滝の造作を行い、母屋と茶室の関係性に物語をもたせました。

いかに使うか、を検討する際には必ず建築と一体化した空間整備が必要になります。例えば犬走りの霰こぼしの目の詰まり具合、使用する真黒石の色味や、景色のポイントとなる佐治石など素材の選定は丁寧に行ないました。

石造品は景色の軸となる一方で、いわれのあるものばかりを無暗に配置しても功を奏しませんので注意が必要です。オーナー独自の世界観を、たたずまいに包み込んで静かに発し続けるべきものと考えます。
既存の蹲踞を地形に変化を持たせる形で再構成した降り蹲踞(おりつくばい)や灯篭、摩崖仏といった石造美術品の入れ替えは、全体との調和と文化的な文脈を細部まで設計し、提案しました。

別荘は当然夜間の景色も重要になります。別荘での暮らし方の提案として、ライティングや滝の音の演出や水量調整を盛り込みました。

こうした別荘庭園には、完成という概念は似合いません。経年変化や趣向の変化をどこまでも柔軟に深化させ、新たな姿を現し続ける智水庵の庭は、まさに現代の数寄空間と言えるでしょう。

建築計画・設計 :NAP建築設計事務所
建築施工 :中村外二工務店
庭園水系設備・設計・施工:ベルックス
庭園ライティング協力:焔光景デザイン
庭園計画・設計・施工:植彌加藤造園
規模:敷地面積 約1400m2 、建築面積 約360m2、地上2階
対象:1000m2

所在地: 
京都府京都市左京区
公開状況:
非公開
作庭時期:
2019-25年
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