平城京左京三条二坊宮跡庭園育成管理庭園

平城京左京三条二坊宮跡庭園は、その名の通り平城宮跡の南東、平城京左京三条二坊六坪に位置する庭園遺跡です。

昭和50年の発掘調査により、奈良時代の大規模な玉石敷の園池1つ、建物跡12棟、塀7条、井戸2基などが発見されました。瓦や木簡などの出土品から、天皇・皇族に深く関わる公共施設であると考えられています。
遺跡は平城宮と密接な関係を持つ公的施設である可能性が高く、他に類を見ない規模を有し、保存度が極めて良好であることから昭和53年に特別史跡に指定されました。昭和54年に復原整備工事が開始され、工事が完了した昭和61年より発掘調査で見つかったほぼそのままの状態で露出展示が開始されました。さらに、平成4年には遺跡の保存度が極めて良好であり地割、意匠、作庭技法を十分その細部まで知ることができ、古代庭園史上極めて高い学術的、文化的価値を有することから、特別名勝に指定されています。

遺跡全体の造作時期はほぼ4期に区分されますが、庭園の中心となる園池はその2期目にあたる、天平勝宝年間(西暦750年頃)に造られたものと考えられています。
この長さ55m、幅15mほどの南北に細長く蛇行した形の池は、池底は全面粘土で覆われ、その上に扁平な玉石を敷き詰めたつくりとなっており、池が屈曲する個所には大きな景石が配されています。
建物の遺跡との位置関係から、東山を借景とした池の観賞が考慮されていると考えられ、池と建物とが一体的な造営計画のもとつくられたことがうかがえます。

昭和の修復から約30年が経過し、園池や復元建物などに劣化や破損が見られるようになったため、平成20年度から令和元年度にかけて建造物を含む遺跡全体の保存・修復整備工事が行われ、庭園については平成26年度から植彌加藤造園が景石の修復や周辺植栽の修復剪定などを行いました。整備後は引き続き露出展示が行われています。

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