何有荘(かいうそう)は明治になって廃された南禅寺の塔頭の跡地に築造されている約6千坪の大庭園です。明治38年(1905)にこの地を所有した、染色事業や映画興行で有名な実業家である稲畑勝太郎の命名で「和楽庵」と名付けられま…
誓願寺は飛鳥時代、天智天皇6年(667)、天皇の勅願により創建されたと伝えられます。もともとは奈良にあったのですが、鎌倉初期に京都の一条小川(現在の上京区元誓願寺通小川西入る)に移転し、その後、天正19年(1591)に豊…
知恩寺は、正式には長徳山功徳院百萬遍知恩寺といいます。知恩寺の歴史は、賀茂の禅坊と当時呼ばれていた賀茂の神宮寺に法然上人が住まわれたことに始まります。法然上人の没後、弟子の源智上人が師の徳を偲んで「知恩寺」と名付けられ、…
真宗大谷派難波別院堺支院(堺南御坊)は、慶長8年(1603)、東本願寺第12 代・教如上人(1558~1614)が建立されたと伝えられ、仏法興隆の拠点として、多くの人々に親しまれて来ました。 平成24 年(2012)、宗…
大玄関庭園 (昭和45年(1970) 植彌加藤造園設計施工) 京都市市電伏見線が廃止になった折り、軌道敷の板石が寺社に優先して払い下げられることとなりました。南禅寺は第1回の抽選会に参加、代理人として出向いた植彌加藤造園…
六道庭(ろくどうてい) (昭和42年(1967) 植彌加藤造園設計施工) 小方丈からさらに奥に進むと「六道庭」に行き当たります。「如心庭(にょしんてい)」が解脱した心の庭であるのに対し、この「六道庭」は、六道輪廻(りんね…
小方丈庭園 (昭和41年(1966) 植彌加藤造園設計施工) 国宝である小方丈の西側に作られた庭園で、別名「如心庭(にょしんてい)」といい、その名の如く、心字形に庭石を配置した枯山水の石庭となっています。庭石の配置につい…
方丈庭園(大方丈庭園 慶長16(1611)年頃 伝小堀遠州作) 大方丈庭園は、応仁の乱で焼失した南禅寺が以心崇伝(1569-1633)によって再興された際に作庭された、国宝である大方丈の南に面した庭で、小堀遠州作と伝えら…